海外就職のいいところはたくさんあります。残業が少ない、長い休暇が取れる、男女差別や年齢差別が少ない、満員電車に乗らなくてすむ・・・。
自分の好きなことをしたり、目指すライフスタイルを実現することはとても大切なこと。でも憧れだけで海外に行って、すんなりうまくいくほど甘くはありません。
外国人として仕事をするときは、母国での就職とはまったく違った難関があります。移民の出入りが極端に少ない日本では、就労ビザ、永住権、国籍などについて考える機会は少ないのではないでしょうか。多くの人は海外就職を具体的に考えだしてから、初めてその大変さに気づきます。
国籍がない国で働くときは、働く国や仕事の自由な選択はできません。自分が行きたい国に行くというより、自分を必要としている国に行く、必要でないなら必要な人材になるという発想の転換が必要です。
海外で働くということ
ビザがなければ始まらない
国籍のない国に住まわせてもらうにはビザが必要です。資金がある退職者なら、リタイヤメントビザを発行する国はあります。国にお金を落としてくれる人なら大歓迎です。でもその国で働き、お金を得るとなると話は違います。
外国で仕事をする場合は、言語とか仕事のスキルも必要ですが、第一に考えなくてはならないのは就労ビザを取る手段です。ビザ事情は国によって違いますが、雇用主のスポンサーが必要なビザ、駐在員向けのビザ、スポンサーなし期限なしでずっと住める永住権、そして国民としてのすべての権利が得られる市民権などいろいろな種類があり、それぞれに細かい条件があります。自分にビザを出してくれそうな国となると、選択肢は絞られます。
移民受け入れ国の本音
国家の義務は、国の発展のために働き税金を払ってくれる国民を守ることです。それならなぜ外国人労働者を入れるかというと、国民だけでは必要な人材がまかなえないからです。
たとえばオーストラリアの就労ビザ。オーストラリアはその時々で国内で足りないスキルを元に作る職業リストがあり、そのリストに載っていない職業の人にはビザはおりません。自国に不足しているスキルだけを外から入れて国の発展に貢献させるという、すごくわかりやすいやりかたです。
つまりその人を入れることで国の利益になるから住まわせてもらえるのですね。学生ビザだってリタイアメントビザだってそう。お金を落として国に歳入をもたらしてくれるからビザを出してくれるのです。
国家の義務は国民を優先して守ることなので、移民が来たことによって国民が失業したのでは元も子もありません。だからあるポジションの空きがあれば、原則的に国民が優先、ポジションに見合う国民がいなかったら外国人が穴埋めをします。失業率が上がれば国民の雇用を守るために移民は減らします。移民政策は国家が生き残る戦略なのです。
だからビザの種類も、国に大きな利益をもたらしてくれる人ほど有利なビザが出ます。長期的に必要人材なのかどうかまだわからない場合は、スポンサー付き、期限付きというふうに制限の多いビザなります。
移民を受け入れるには多大な費用がかかります。移住ビザ申請手続き、移住後のサポートに始まり、オーストラリアだと移住後の無料英語レッスン、政府機関の多国語対応などがあります。移民が新天地でうまく生活を立ててくれないと、国がめんどうを見なければなりません。また他民族が入ることにより、社会に軋轢が生じるリスクがつきまといます。
だから国が海外からの移民に期待することは、「国の共通語がしゃべれて社会生活を滞りなく行い、きちんとした仕事につき、みんなとうまくやって問題を起こさず、社会に適応してほしい。そして多くの税金を納めて国に貢献してくれるなら大歓迎」です。だから移民に最低年収の制限を設けている場合が多いのです。
国を選ぶのではなく、国に選んでもらう
海外就職とは「住みたい国に住む」ことではなく、「自分を必要としてくれる国に住まわせてもらう」ことです。自分が国を選ぶのではなく、国があなたを選ぶのです。私たちがすべきことは、選ばれる人材になるということです。
日本人にありがちな失敗例
戦略なしにとにかく住んでみる
海外での就職を考えるとき、日本人がはまりやすい落とし穴はいくつかあります。時々見るのが、その国の就職事情もよく調べず、あまり考えずにとにかく現地に飛びこんでしまう人。ビジタービザ、学生ビザやワーホリビザなど、とりあえず短期ビザで滞在し、その後のことはあとで考えます。
移住の前に現地で短期間生活してみるのは、その土地に合うかどうか見極めるために必要なことです。でもそのビザが切れたらどうしますか?安定した職を得るためのスキル、学歴、職歴を得るための将来のビジョンはありますか?それがないと、一年後には帰国ということにもなりかねません。
戦略なしに専門スキルを身に着ける
海外で働くには専門性が大事。学歴も重要。だから現地の大学や大学院で資格を取る。そこまではいいです。でもその専門領域で本当に仕事が得られますか?
日本の会社は大学生が何を勉強したかに興味がないため、多くの日本人は大学の専攻は仕事と切り離して考えます。とりあえず興味のあることや好きなことを選んでおこうという感じです。そのせいか、せっかく海外就職のために学位を取るのに、日本の大学で専攻を選ぶ時のようにあまり考えずに選んでしまう人がいるんですね。
海外就職を目指してオーストラリアの大学院に行った日本人女性人がいました。人事に興味があるということで、MBAで人事を専攻し、優秀な成績で卒業しました。女性は勉強熱心な人が多いので、優秀な人が多いのです。
卒業後仕事を探しましたが、人事の仕事はありません。この人は就労ビザは持っていたのでビザがネックになったのではありません。彼女に人事の仕事をオファーする会社がなかったのです。他のクラスメートの多くは出世して人事部長になっているのに、彼女はずっと人事と関係ない事務職です。レジュメにMBAと書くとoverqualified (学歴が高すぎる)になって仕事が得られないので、MBAは書かずに就職活動をしました。
私は多くのオーストラリアの会社で働きましたが、人事部はたいてい現地人が多いです。人事というのは繊細な機密事項を扱う仕事で、社内事情に精通し、人脈、根回し、ずば抜けたコミュニケーション能力が求められます。
考えてみてください。たとえば日本の会社が、海外からきたばかりで日本語もおぼつかない移民を、人事担当者として雇いたいでしょうか?似たような能力の日本人の候補者がいれば、空気が読めて話が通じる日本人の方を雇いたいと思うのが本音ではないでしょうか。海外でも同じです。
これは就職市場で求められている専門領域から出発するのではなく、自分が個人的に好きな専門領域から出発してしまった例です。
戦略なしに職業を選ぶ
次も上記とにたような例です。オーストラリアの大学で社会学の博士号を取っている日本人女性がいました。ゆくゆくは専門領域を生かし、海外の大学で研究員として働きたいと思っていました。でも仕事を見つけるのは難航していました。
彼女は、海外在住日本人がどのように仕事を見つけて現地で生活しているのかを調査して論文を書いていました。私たち日本人にとっては興味深い専門分野ですよね。彼女自身も海外移住したいと思っていたので個人的に興味があったのでしょう。
でもこの分野はオーストラリア社会にとって需要が高いでしょうか?この論文はオーストラリアの社会に大きく貢献するでしょうか?
オーストラリアは世界中からやってくる移民がわんさかいますが、日本人移民は極端に少なく、社会の中のごく一部でしかありません。行政サービスの中に移民のために公文書の各国語翻訳があり、30カ国ほど対応していますが、その中に日本語が含まれていないほどマイナーな民族なのです。
日本といえば、かつては高品質の車や電気機器で世界の製造業市場を席巻しましたが、今では見る影もありません。IMDの国際競争力ランキングでは、日本は1位から34位にまで転落しました。今アジアで注目されるのは中国、インド、その他めざましい成長を遂げる新興国。日本をネタに仕事をしても、世界で注目されることは難しくなってしまいました。
これは海外の国で必要とされる専門領域のリサーチが十分でなかったために起こった失敗例です。
自分はどのようにその国に貢献できるのか
仕事をしてお金をもらうということは、あなたのスキルが社会の人々に役に立ち、社会や経済の発展に貢献しているからです。自分がやりたいことを決めてから仕事を探すのでは順序が逆です。特に移民として他の国で仕事を見つける場合、どうしてもローカルの人に比べて不利になります。移民が活躍しやすいIT分野など、自分がその社会で競争優位性を発揮できる分野を戦略的に選ぶことが必要になります。
先に挙げたお二人は、自分の個人的な興味から専門分野や職業を決め、海外に踏み込んだらそれを生かす場所がなかったという例でした。こんなはずじゃなかったという目に遭わないために、日ごろから海外市場の情報収集をし、行先の国でどんなスキルが必要とされているのか、自分は移民としてどのように貢献できるのかをしっかり考えてください。スキルが足りなかったらそのスキルを身に着けてください。
就職活動の時は、企業に「あなたの会社は今どんな状況ですか?どんな人材が足りてないのですか?私はこんなスキルをもっていますが、私が御社のお役に立ちますか?」と尋ねます。
「あなたの国は今どんな状況ですか?どんな人材が足りてないのですか?私はこんなスキルをもっていますが、私があなたの国のお役に立ちますか?」と尋ねるのが海外就職です。
長期的視点で海外就職を成功させるためには、相手の国やその国の雇用主とWinWinの関係を作ることがカギになります。
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