私の住むオーストラリアは、移民で成り立っている国です。多くの人たちが母国から移住して来て、この国で仕事を見つけて働いています。また、海外に仕事が見つかったから、海外に住んでみたいからという理由で、気軽に海外に引っ越して行く人も多いです。日ごろから世界中から来た人たちと一緒に働いていて思うのは、「なぜ海外で仕事を得て暮らしている日本人がこんなに少ないのか?」ということ。
確かに日本人は他の国の人たちに比べて不利なこともあります。英語?それはもちろん! 日本人の英語能力は壊滅的です。でも英語だけではありません。日本人が日本で経験を積んでから海外で転職するとき、日本人特有の壁があるのです。今回は、日本人が海外転職で不利になる理由と、その解決策をお話しします。
日本での職種がそのままでは使えない
日本の雇用システムは世界のなかでも独自のものです。終身雇用、新卒一括採用、社内教育、年功序列、年功賃金、あいまいな職務内容、長時間労働・・・。このシステムの中で働いていると、いくら日本で豊富な勤務経験があっても、経験を生かして海外で仕事を見つけるのが難しくなってしまうのです。それは、日本の会社では海外とはまったく違ったシステムの中で職種が決められているからです。
日本の雇用制度の下では、新卒を一括採用して教育を施し、その会社特有の仕事のやり方を体得していきます。そして人員の再編成が必要な場合は、解雇するのではなく、他部門に回して実地訓練をしながら新しい分野で戦力になるよう育てていきます。一つの会社でずっと働くことを前提として作られたシステムなので、どこの会社に行っても通用する専門分野の経験を積むことが難しくなってしまいます。
ところが海外の会社は、専門教育を受け、即戦力になる人を雇うのが一般的です。労働者は特定分野で転職をしながらキャリアアップしていくのが普通です。このシステムの違いのため、日本人が日本のキャリアを海外で生かすのが難しくなってしまうのです。
例えば日本人女性の多くが就く一般事務職。これは転勤のある男性向けの総合職、重要な戦力とみなさない女性向けの事務職を分けたことから来る職種ですが、オーストラリアには事務職という職種はありません。経理分野の事務職ならAccountant、営業事務ならInternal Sales SpecialistとかInside Sales Representative、人事部の事務ならHuman Resource Officerなどと呼ばれます。事務職でも特定の業務分野や業界の専門性が求められるのです。
だから日本で有名な大学を出て大企業に勤めた優秀な女性でも、海外に行くと自分の専門性をアピールすることが難しく、結局低賃金のアルバイトしか見つからないという羽目になってしまいがちです。
IT業界だと、日本でよくあるSE(System Engineer)という職種。システムの要件定義、設計、テスト、運用、保守など広範囲にわたる仕事内容で、システムインテグレーターが主な就職先です。私はオーストラリアで長年働いていますが、SEという職種は聞いたことがありません。
そもそも日本では、システム開発は外部のシステムインテグレーターに外注する場合が多いですが、こちらでは自社開発するのが普通なので、システムインテグレーターそのものがありません。特殊な専門領域の技術者が必要な時や、最新技術が必要だが社内まだそのスキルがなく、短期でスペシャリストが必要な場合は、外部のコンサルティング会社からその分野のコンサルタントを連れてきて、社内開発のサポートをしてもらいます。
IT分野の職種は専門分野が非常に細かく分かれていて、特定分野の技術や特定の業界の経験、特定分野の学歴をアピールする必要があるため、何でも屋では仕事を得ることは難しくなってしまいます。
このように、日本では職種や専門性を軸にして転職を繰り返しながらその道のスペシャリストとしてキャリアアップしていくという習慣が一般的でなく、スペシャリストが育ちにくい環境にあります。また労働者のスキルや経験を客観的に評価するシステムがなく、労働者側も経験を効果的にアピールすることに慣れていないので、海外での転職につまずきやすくなってしまいます。
学歴が職業と合っていない
日本の雇用システムでは、スキルがない学卒を大量に採用して社内で育てあげるという前提になっているので、採用企業は一部の分野を除いて応募者の大学の専攻は気にしないどころか、専攻と全く畑違いの職種に就かせたりします。このため、日本では大学の専攻選びはあまり重要視されず、職業とは別に個人的に興味のある分野を選んでしまったりします。
ところが海外の多くの国では、大学の専攻は非常に重要です。プロフェッショナル職の募集要項には、はっきりと専門分野の学位が必要と書いてあるケースも多いです。だから就きたい職種を先に決めてから、その分野に役立つ学位を取るのです。海外の採用では即戦力を求められるため、最初から専門知識を身につけている人が求められます。
だからレジュメを提出するとき、学歴欄では大学名より専攻分野のほうが重要です。大学の専攻と職種があっていないと奇異に映ります。「なぜIT技術者なのに史学科卒業なのか?」と訊かれるのではないでしょうか。専門学位がないと応募さえできないこともあります。
よほど世界で有名な大学の名前を学歴欄に書けるなら、優位になるかもしれません。でも日本の大学名は海外ではあまり役に立ちません。そもそも大学の世界ランキングでは、日本のトップ大学でも低い位置に甘んじているので、日本の大学の名前は役にたたないと考えておいたほうがいいでしょう。いくら日本で有名な大学を出ても、日本で立派な職歴があっても、仕事に必要な学歴がないために海外で仕事が得られないというケースにつながるのです。
自分の専門分野が移住先の国で生かせない
仕事に必要な学歴があり、スペシャリストとしての経験を十分日本で積んでいるという場合も、やはり海外転職が困難な場合があります。それは自分の専門スキルが移住先の国で使えない場合です。
私はオーストラリアの技術独立移住ビザを取って移住したのですが、その時の職業リストの中にあったある特定のソフトウェアの経験があったので、その技術分野で永住権の申請をしました。ところが永住権を取って仕事を探してみると、そのソフトウェアの募集はほとんどありませんでした。
ビザ申請の職業リストは、国内の需要に対して供給が少ないとき、海外のスキルを入れて補うために作られるわけですが、ITの分野は変化が激しいため、需要の高いスキルが次々と変わってしまうのです。私は移住直前まで使っていた別のソフトウェアのスキルを使って仕事を獲得しました。
でも厳密にいうと、日本でしていた仕事とまったく同じ仕事ではありませんでした。日本では技術営業職、つまり顧客相手に営業活動をする技術者でした。日本から海外に行っていきなり営業職となると、言葉のハンデがあり、そのマーケットのことも知らないので著しく不利になります。つまり、いくら専門分野や経験があっても、海外ではそれをそのまま生かすことが難しい場合もあるのです。
日本人としてのハンデを乗り越えるには
日本にいるときから海外転職を念頭に置いたキャリアを作っておく
プロフェッショナルとして日本から海外転職するときは、日本での仕事の経験が評価されるかどうかで結果が決まります。日本にいるときから、海外向けのレジュメに何を書くかを念頭において仕事を選び、専門分野のスキルを磨いておくといいです。私は移住先で需要が多いスキルや不足しているスキルを調べ、日本にいるときからその分野のスキルを磨き、資格もとってレジュメに載せました。
自分の専門性を就職先の職種にあわせてアピールする
仮に日本での職種名が海外で応募する職種名と違ったとしても、応募できないというわけではありません。応募するジョブディスクリプションをしっかりと吟味し、自分の経験とスキルにマッチするところがあるなら、要件に合うようにレジュメを書き換えて応募することはなんの問題もありません。私は移住先で営業職が難しいとわかったので、専門のソフトウェアの経験をアピールし、コンサルタントとして仕事を得ました。職種は違うものの、それまでのキャリアパスをちょっとずらすことで仕事を得ることができます。
職業に合わせた学歴を作る
転職先の国が学歴を重視するなら、事前にその学歴を用意しておいたほうが有利です。私は日本の大学では完全な文系でしたが、その後アメリカの大学院でIT系の学位を取っていたため、仕事の応募するときに学歴で引っかかることはありませんでした。応募資格を得られるだけでなく、学んだ実践的な内容は仕事上でも役にたっています。きちんとした学歴を持っていると、移民としてハンデを負いながら仕事探しをする際に、信用度が高まります。
日本から海外に転職するときは困難もありますが、現地のマーケットをきちんと調べ、需要に合った経歴とスキルを用意して上手にアピールすれば、克服することができます。日本での経歴を生かして転職する場合、日本にいるときから入念に計画をたてて海外でも通用するキャリアを作っておくことをお勧めします。